信じてた、と。
どうして裏切ったの、と。
罵る声に耳を塞いだ。
ざわざわと手のひらに流れる血液の音。
大丈夫、もうあの声は聞こえない。
−捨てた心と拾った心−
火影岩の上に立って、里を見下ろす。
夕暮れ時の街中は、どこか暖かくて切ない。
ふわりと香る夕餉の匂い。
道ではしゃぐ子どもの声。
ほんのりと夜の風。
ただいま、と帰ってくる家族。
おかえり、と迎える家族。
そのすべてが夕焼けに染まる。
「あんたらしく、ない…か…」
桃色の髪の少女が怒った。
無愛想な少年が顔をしかめた。
片目を隠した師が眉をひそめた。
任務の帰り道。
切なげな鳴き声に引き寄せられると、道端の粗末な箱の中に子犬がいた。
生後数ヶ月といったところだろうか。
黒目がちな潤んだ瞳で、自分達を見つめていた。
「捨て犬かしら?」
「…ちっ」
心配そうな声と、おそらく捨てた人に対してだろう、舌打ち。
のんびりと後ろを歩いていた上忍が立ち止まった2人に追いついた。
だが、普段なら気持ちの良いくらい騒がしい少年だけは、何も言わなかった。
金色の髪に隠された蒼い瞳は、感情のこもらない瞳で見つめるだけ。
「…おい、ドベ?」
いつもと様子のおかしいナルトをサスケが怪訝そうな声で呼ぶ。
ナルトは呼ばれた方をチラリと見やって、また子犬に視線を戻した。
「あ、そうだわ!これ食べるかしら?」
サクラがポーチから非常食を取り出した。
尻尾を振る子犬に手を伸ばす。
「…っ!?やめろってば!」
突然の声に、ビクッとその手が止まった。
一体何事かとナルトに3人の視線が集まる。
「あげ、あげちゃ、だめってばよ…」
ナルトは俯いたまま、顔を上げようとしない。
カカシがしゃがみこみ顔を覗き込むと、そこには必死に何かに耐えるような顔があった。
その表情にカカシが何かを言う前に、ナルトが口を開く。
「…どうせ捨て犬だって……っツゥ!!」
「何言ってんのよ!」
殴った手を握り締め、サクラが怒鳴った。
ナルトは倒れこんだまま起き上がろうとしない。
「あんたらしくないわよ!そんな事言うの…あんたらしくないわ!!」
その声は、涙さえ滲ませていた。
あんたは誰よりもこんなことを言うはずがないのに、と。
あの後、耐え切れなくなって逃げ出した。
後ろから自分を呼ぶ声が聞こえたけれど。
必死で走って、一人になりたかった。
でないと、何かが崩れてしまいそうだった。
「俺は、俺だってば…」
もし、あそこで子犬を撫でていたら、アイツは自分を拾ってくれるのだと思ったかもしれない。
もし、あそこで子犬にエサをあげていたら、アイツはこれからもエサをくれるのだと思ったかもしれない。
そして、裏切られる。
優しい笑顔を向けられて、ついて行ったら殴られた。
食事を出されて残さず食べたら、血を吐いた。
裏切られた、と心が叫ぶ。
信じてたのに、と心が泣いた。
「だったら、最初から無いほうがマシ…」
里も里の人も好きだった。
けれど、耳を塞がなければ、闇の声に飲み込まれてしまう。
けれど…と、どこかで願う。
どうか忘れないでいて、諦めないでいて。
それでも消えない、そんな心があるから、と。
いつか言われた言葉を胸に、そっと夜空を見上げた。