調子の外れた澄んだ音
葉っぱを唇にあて、そっと吹く
素朴な優しい子守唄
−音の温度−
今日も相変わらずの下忍任務は、単なる雑用じゃないかと思えるようなもので。
暗躍や暗殺、諜報活動の為の忍ではなく、専門のベビーシッターなりお手伝いさんになりに頼んだ方がいいのではないかと思うのに。
何故か舞い込む子守という任務。
20歳をとうに越す担当上忍ならいざ知らず、子どもが子どもの面倒を見るという行為は、どこかのどかな雰囲気をかもし出す。
中忍、上忍ともなれば感情では割り切れない辛い任務が嫌でも入るが。
小さな下忍たちより、さらに小さい子どもは、まるで自分達の知らない生き物である。
笑ったかと思うと、泣いたり、拗ねたり、暴れたりと、ひと時もじっとしておいてはくれない。
眠ってくれたら少しは休めるのだが、まだまだ元気一杯のようだ。
「サ、サスケ!ちびがそっち這ってったてば!!」
転がっていったボールを取りにいかされていた黄色い子どもが叫べば、
「サクラ!!ちびが泣いた…」
抱き上げたとたんに泣き出された黒い子どもがぶっきらぼうに呟き、
「ちょ…ちょっと髪の毛引っ張んないでー!!」
目の前にあった長い髪が珍しかったのか、桃色の子どもが助けを求め、
「じゃー頑張ってネ」
薄情な担任はイチャパラを手に、どこかへ消えた。
こんなに大勢に構ってもらえたことが楽しいらしく、小さな子どもはきゃあきゃあと騒いでいる。
ようやくヨロヨロと歩けるようになったばかりの子どもは、時には猛スピードでハイハイをし、時にはつたない足取りでいつか転ぶのではないかとハラハラさせっぱなしで。
「ちび…こんなにちびっこいのに超ゲンキだってば…」
スタミナだけで考えればナルトはそれほど動いてはいないはずだが、それでも子どもの相手というのは何故か実際に動いた以上に疲れるものである。
たぶん、自分の予測できないところで振り回されているからなのかもしれない。
草むらに倒れこんだナルトが息を整えていると、ふと横に小さな気配を感じた。
仲間を探すと、倒れている人影が二つ。
おそらくサスケもサクラもナルトと同じで何度やっても慣れない子守にまいっているのだろう。
じぃっと見上げる大きな瞳を覗き込むと、そこには自分の顔。
少し歪んだように見える自分の顔は、幼い頃の思い出のようで。
「…ぅぇ…ひっ…く…」
ぼうっと表情を無くしたナルトに何か感じたのか、小さな顔がくしゃりと歪められて、瞳には見る見るうちに水が溜まっていく。
ナルトがはっと気付いた時にはもう涙が零れんばかりになっていた。
「うぅー…わー泣かないでってばー…」
泣きたいのはこっちだと言わんばかりに抱き上げてあやせば、益々機嫌は悪くなる一方で。
助けを求めようとサスケとサクラに視線を投げれば、そこにはナルトを忘れたようにサスケに楽しそうに話しかけるサクラがいた。
「サ、サクラちゃーん!!ちびが泣き止まないってばよぉー…!!」
必死に呼びかけるナルトに、ようやく顔をこちらに向けたサクラは、ニッコリ笑って酷とも言える指示を飛ばしてきた。
「眠いのよ、きっと。ナルト、子守唄でも歌ってあげたら?」
「…こ、こもりうた…」
困った。
子守唄なんてものは聞いた事が無い。
「子守唄」というものは知識としては知っているが、歌ってもらったことがないのでどう歌っていいものか分からない。
歌詞なんてものもさっぱり分からない。
そもそも歌なんか歌った事など数えるほどしかないような歌唱力で、はたして子供が眠ってくれるのだろうか。
そうこう悩んでいるうちに、ぐずっている声がどんどんと本格的に涙を含んできた。
ぐるぐると慌てながらも目に飛び込んできたのは緑の葉っぱ。
草むらに生い茂っている長細い葉っぱを一枚取る。
「…っぴぃ…ぷぴー」
いつか見た事のあるやり方を思い出しながら、葉っぱをそのまま唇に当てて吹いた。
調子外れな音がナルトの口元からつむぎ出される。
何度かぴーぷーと音を出しているうちに、サスケやサクラの耳にもだんだん綺麗な音に聞こえてくる草笛の音。
どこかで聞いたような、けれど聞いたことのないような不思議な音色に、さっきまでの泣き声が静かになっていく。
傍らで微かな寝息をこぼしているのを見て、ナルトはほっとしたように唇から葉っぱを外すと、ひりひりする唇を指で撫でながら安らかな寝顔を見て、嬉しそうに笑った。