「強い」とは一体どんなことであるのか。
知りたいとは思わないし、知ったこっちゃない。
誰にとって、何にとって、そこに理由など俺には存在しないから。

心も身体も関係ない。

ただ、鼓動を刻むこの物体が、動き続けられているだけのこと。













−それは綺麗で優しくて−













青すぎるくらい真っ青な空、真っ白な雲が流れるのをぼんやりと見る。
子どもの手は赤く、肌は痣と傷で浅黒く、ただただあの空の色に憧れた。

白く眩しい光も、路地裏まで届かない。
温かい日差しは、薄暗い部屋を暖めはしない。



「…っ!」


気付いた時には腕を掴まれていた。
不覚をとった。
慌てて見ると、そこには一人の大人。
自分を嫌う、里の大人。
殺気を向けてくる、忍の姿。

だがその瞳は涙で薄く膜を張り、悔いるように血が滲むほど唇を噛み締めている。


「…なんだってば…よ」
「…お、俺…は…」


突然嗚咽を漏らし始めた男。
片手で俺の腕を掴み、片手で涙を拭い続けた男は、そのまましばらく泣き続けた。


















ようやく泣き止んだ後、無言でずるずる引きずられ、気付くと男の部屋にいた。
がちゃがちゃと箱から消毒液だの傷薬だの包帯だのを取り出し、治りかけの傷の手当てをしてくれた。


「…ごめ…ごめん…」
「何であんたが謝る…?」
「俺も同じ…同じだ…から」

ふたたび瞳を潤ませた男はつまり、
『俺も里の人と同じだったから、この傷は俺のせいでもある』
という、人が良いんだかただの馬鹿なんだか訳の分からない理由だったらしい。
俺が一人でぼぅっと虚ろな目をしていたのを見て、血の気が引いたという。


「でもさー、俺ってば、嬉しかったんだってば」
「…初耳だぞ、それ」
「だって言ってねぇもんよ」

















残った最後の傷に包帯が巻き終わった。

「痛み止め飲むか?」
「…いや、いいってばよ」

手当てをしてくれたし、特別我慢できない痛みじゃないから。
そういうつもりだったのだが、どうやら本格的にお人好しのこの男。
人から貰った物に毒物が入れられる事もあったことを知っていたらしい。

「あ…あぁ、そうだな。悪い」
「違…っ!ほんと、平気だから…別に…飲みたくないわけじゃ…ないってば」
「そ、そうか…」
「…」
「……」
「………」
「…………」

不自然なほど痛すぎる沈黙にとうとう子どもが音をあげた。

「…がと…」
「…んぁ?」
「手当て…あ…りがと」
「…っ!…っふぅ…う!」
「また泣く…」

正直、もう傷はほとんど痛くなかったけど。
これ以上関わらない方がいいって分かってたけど。

「どして、空見てたんだ?お前」
「俺、持ってないから」
「…空は誰の所有物でもないぞ?」
「…違うってば…色…」
「空の?」
「…あんな綺麗なの、持ってないから」
「は?お前鏡見たことないのか」
「…?」
「瞳、お前同じもん持ってる」
「…俺の目、空といっしょ…?」
「あぁ、俺はこんな面白みのない黒だから羨ましいよ」





「俺ってばその色、好きだけどな」
「お、嬉しい事言ってくれるじゃないか!」
「優しい色だってば」
「…っ!!おま、俺を泣かせるのがそんなに楽しいか…」























「…って事もあったってばねぇ…イルカ先生」
「うるさい…」



耳まで赤くなった男の瞳は、今も優しい色で。
嬉しそうに笑う子ども瞳は、今も空と同じ色。




あの時から

今も、これからも、生きてゆく限り

2人にとっての